「毒親さん」その④

「依存」と「支配」~(支配編)~

 

「支配」と聞くと、「威圧的で強権を奮って、自由と意志を奪われる」というイメージを持たれると思うが、「正義感や倫理観で人を押さえつける」というものもあります。こちらの方が一般的であり、実は厄介で「たちの悪い」モノであったりします。

 

分かり易い例でいえば、このコロナ禍での「マスク強要」「ワクチン強要」等々。

どちらも個人の見解に委ねられ、その選択は各々自由であると思う。店内に於ける着用は仕方ないとしても屋外では付ける必要はないと個人的には思うが、それを付けていないと「皆の安全の為に付けるべき!」」とか「皆が付けているのだから当然!」という倫理観や正義の押し付け。
これこそが今の日本に蔓延している「集団的支配」である。

 

それともう一つは「依存的支配」

 

これがこの回での肝になる訳ですが・・・・
恋愛関係に於ける「依存」「支配」は相関係数にあると言えます。

 

一例として、自分の時間を犠牲にしてでも相手に尽くす「女性」と、そんな女性に頼られ愛される自分には「価値がある」と思い込む「男性」との「共依存関係」。
どちらも相手の自由や意志を間接的に「支配」しているのだが、当人はそれに気付いていない。

 

そうして互いの自由を自分がコントロールしていると思い込む事で「安心感」や「優越感」を得るが、そこには「信頼関係」が存在しない。信頼してないから、相手の行動を把握したがるし束縛したがる。そうしないと自分自身の心の安寧が得られないからだ。

 

恋愛関係に於ける「依存」は「不安」から想起され「束縛」という「支配」に繋がっていく。

 

この傾向は、互いに幼少期のトラウマが関係しているケースが多い。

例えば、子供の頃に親に甘えられず「見捨てられた」という体験を持つ人は、その親の人格に似た相手に惹かれてしまう。そんな相手を選んでしまうのは、その人に「愛され」「必要とされる」事で過去の自分のトラウマ(親に愛されなかった自分)を解消しようとする。

 

或いは、親が養育者としての機能を果たせず、互いの立場が逆転していた場合(親が子で子が親)は、ありのままの自分は受け入れられないというトラウマを抱えている。そして親のように手のかかる相手を選び、その人から「頼られ・尊敬される」事で過去のトラウマを解消しようとする。

どちらも無意識にそんな相手を選んでしまうというのが切ない・・・・。

 

その根底には、子供の頃に受け入れてもらえなかった「ありのままの自分」(インナーチャイルド)が居座っている。自分の中で泣き続ける「インナーチャイルド」を癒せないまま大人になっても、それはあらゆる人間関係の中で表出し、しばしば歪んだ人間関係を構築していく。

 

この傾向は恋愛に限らず職場や友人関係、そして「親子関係」など様々な場面で引き起こされこじらせていく。

 

子供の頃に満たされなかった「寂しい・怖い・不安・甘えたい・愛されたい」というありのままで素直な感情。自分の欲求に応えてくれるはずの「親」が未熟な為に、親たちのわがままに振り回されガマンする事を強いられきた「自分」

 

「愛されたい」という切なる願いは、人の持つ純粋で素直な感情である。

 

誰かに「依存」し「支配」したがるのは「傷つきたくない」という、無意識的な「自己防衛」である事に「気付き」「自覚する」ことから始まります。

 

そして「現代社会」に蔓延している「常識」を疑う事。
「普通はこう」とか「こうするべき」という普遍的概念が、個人の自由な思考と行動をフリーズさせている事に気付きましょう。

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